飲食店 ちょっといい話 父さんのお酒

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今回も、飲食店をやっててよかったと思える、ちょっといいお話。
当店にはオープン以来ずっと仕事やプライベートで通い続けてくれていた、常連様がいらっしゃいました。
その方は、いつも同じ銘柄の焼酎を好み、とうとうこっちの方が手っ取り早いからと、一升瓶で焼酎をボトルキープするようになりました。
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店的には、ショットや四合瓶の方が売上になるのですが、常連様の強い要望なので、特別にOKするのが歴代店長の慣わしでした。
無くなっては追加、それを繰り返しながら、とうとう私もこの店に店長として着任し、前任からその慣習を引き継ぎました。
口は悪いが毎週のように通いつめてくれるその方が、憎らしいどころかありがたく、数ヶ月が過ぎました。
突如、そのお客様は全く店に顔を出さなくなりました。
最初は全く気づかなくて、そういえば最近見かけないな、程度で、そのうちまたひょっこり来店するだろう、多分出張かなんかで忙しいんだろうと思っていました。
しかし、それからも来店はなく、すっかりそのボトルも埃をかぶり、一年が過ぎました。
「なにか前回不手際でもあったのか?」最初はそう思っていましたが、いずれ、それすらも忘れていきました。
店のルールでは、ボトルキープは3ヶ月まで、と決めていたのですが、なんとなくそのボトルを処分するのは忍びなく、そのまま放置しておりました。
新しい従業員からは、その大きなボトルを見るたびに、「誰ですか?この鹿島(仮名)さんて。見たことないですけど」と言われる度に、「うーん、あー」と答えになってない返事を繰り返しました。

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さすがに、1年が過ぎたので、いくらなんでもそろそろ処分しなきゃと思っていた頃、一本の電話が鳴りました。
「すいません、今度お食い初めの予約をお願いしたいんですけど」
電話の主は女性の方で、いつも通り予約を受け付けました。ところが突然、
「すいません、鹿島の名前で一升瓶のボトルキープはありますか?」と質問された。
そう、その方は、常連様の娘さんで、今入院している父から、「自分のボトルがあるかも知れないから聞いてみてくれ」と頼まれたとの事だった。
勿論、「もう、一年以上経ってるんだからあるわけないでしょ」と娘さんは反論したらしいのですが、鹿島様は、「いや、あの店は絶対まだ置いてくれている。約束だから」と言うので、聞いてみたらしかった。
予約当日、やはり鹿島様本人は来なかった。どうやら癌のようで、体調が思わしくなく、いまだ入院中との事だった。
だが、そのボトルをテーブルに用意した。
その古ぼけた焼酎のボトルは、少し黄色く色づいて、孫の成長を喜んでいるように、テーブルの端でずっとたたずんでいました。
えっ?その焼酎ですか?お孫さんのお婿さんが、こないだ、会社の同僚との飲み会でさっくり飲みつくしました(笑)。
まぁ、それも、アリでしょう。

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